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「○○な人は勝ち組。優秀。」という考え方は本当に無意味

「楽に生きる」「柔軟に生きる」という観点で、私が今思うことを書きます。

  • あの子は、前向きな人だ
  • 私はネガティブな人間だ
  • あのママは楽しく子育てをしている
  • この人は、すぐに悪口を言う人間だ
  • 私はリア充実だ

こんな風に、

他人や自分の人間性を

「○○な人だ!」

という1つのレッテルを張り、

それって自分より優秀(または劣っている)なんて考え方をしている人は、多いのではないでしょうか。

インスタグラムのリア充アピールはまさに

「リアルが充実している私は勝ち組」

なんて考え方が、少なからずあるはず。

え、そんなことないし!

っていう声も聞こえてきますが、

私自身はそんな気持ち、ありますよ。

 

「リア充な私をアピールしちゃうぞ!!どやぁぁぁあ♡」

なんて考えから、楽しそうな写真ばかりインスタグラムに投稿してしまうことはあります。

 

まぁ、別にそういう考え方が悪いって言いたいわけではない。

ただ、

「○○な人は勝ち組。優秀」という考え方は、

結果的に自分を苦しめているんじゃないかな!

という考え方に至ったので、

今回はそんな話をしようと思う。

  1. 楽な気持ちで生きたいな
  2. 人と比べずに過ごしたいな
  3. 自己肯定感を上げたいな

こんな思いがある人にとっては、

何かしら発見のある記事にしたいと思って書きました。

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「楽しく生きている人は勝ち組。優秀。」だと思っていた

さきほどのリア充アピールは

分かりやすい例だったと思いますが、

「楽しく生きている人は勝ち組。優秀」

なんて本気で思っていました。

もちろん、みんなが楽しく生きていることに越したことはありません。

しかし、

あんまり楽しい気分じゃないときも

「楽しそうに見せたい」

なんていう思い、あなたはありませんか?

 

私はありました。

だからこそ、子育てだって

「子育てを楽しんでいるママ」

でありたいと思っていたのです。

ちょっと心がしんどい時も

「子育てを楽しんでいたい!!」

「楽しそうなママに見られたい!!」

なんて気持ちが先行。

結果的に、上手くSOSが出せなくなって

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「○○な人」というレッテル自体、ちゃんちゃらおかしい

そもそもさ、

「○○な人」なんていうレッテルをはること自体、

ちゃんちゃらおかしいとは思いませんか。

 

だって、人間の感情はもっと複雑なはず。

「いつも楽しそうにしている人」

こんな人だって、

80%は楽しい気持ち

20%は楽しくない気持ち

こんな配分かもしれません。

 

さらに言えば、

80%の楽しい気持ちの中には、

めちゃめちゃ高揚している気持ち

安心している気持ち

期待する気持ち

こんな感情が混ざっているかもしれないし、

20%の楽しくない気持ちの中には

つらい気持ち

死にたい気持ち

消えたい気持ち

こんな深い感情があるのかもしれません。

 

もし80%楽しい気持ちの人が

「つらい。消えたい。」

なんて言えば、

その人はたちまち

「つらくて可哀想な人」

みたいなレッテルが貼られるわけですよね。

(レッテルを張るのは、他人でもあるし自分でもある。)

 

それって、おかしくない?

おかしいっていうか、無意味じゃない?

人の感情はかなり複雑!一言ではあらわせない

何が言いたいかというと、

その時その時の人間の感情って

めっっっっっちゃ複雑ってこと!

しかも、時間がたてば

どんどん入れかわる。

一言でなんてあらわせるはずもありません。

 

リア充アピールをしている人だって、

楽しい気持ちと、

楽しくない気持ちがあるわけで、

その時にどちらを表現しているかってことの違いです。

「つらい」気持ちを具体化する

人ってたくさんの感情を持ち合わせているんだけど、

感情が複雑だからこそ

「つらい」って言っている人の言葉には

しっかり耳を傾けてあげるべきだと思う。

何に対してつらいのか。

どういう気持ちなのか。

複雑な感情を1つ1つ言葉にし、具体化していく。

それを誰かに聴いてもらい、共感してもらう。

それだけで、

「つらい」気持ちが浄化していくことは多い。

 

「つらい」を発信することは、自分を救うかもしれないのだ。

 

それなのに私の場合は、

「楽しく子育てをしているママでいたい」

という思いが強すぎて

「つらい」を言えば

たちまち「つらそうなママ」になることが嫌だった。

だからこそ、あまり人につらいことを言わず、辛さが蓄積していった。

 

でも今は思う。

楽しく子育てをしている私もいるし

つらい気持ちになる私もいる。

どちらか一方を表出したからと言って、

もう片方が消えるわけではない。

 

楽しい!と言ったところで、つらいは消えない。

つらい!と言ったところで、楽しいは消えない。

当たり前のことなんだけど、

この気づきは自分の中でかなり大きい。

「常にアンビバレンスな状態にいる」を意識して生きる

アンビバレンスambivalence)とは、ある対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと

wikipedieより引用

楽しい気持ちと

楽しくない気持ちって

いつも両方抱えているはず。

どっちの割合が多いかってだけの話。

こういうアンビバレンス(両価性)の感情を

自分も他人もみんな持ちながら生きている。

この当たり前の事実を

念頭に置いて生きるだけで

かなり柔軟な考え方で過ごせるのではないかな。

 

あの人はいつも楽しそうにしているけど、つらい気持ちも持っている。

あの人はネガティブだけど、人生を楽しんでいる気持ちもある。

自分が嫌いでもあり好きでもある。

そんな風に、両価性を意識するだけで

なんだ、他人と比較するなんて無意味。

なんて思えてきませんか?

だって、複雑すぎて比べようがないんだもん。

 

アンビバレンスな感情があるから、「悩む」という現象も起きますよね。

1つの感情しかなかったら、そもそも迷いは起きません。

いろんな自分がいることを認識する

この記事を読み進めてくれた人は、

きっと私のことを

「真面目な人」

「人生についてめっちゃ考えてる人」

みたいに思ったんじゃないかな?

昔は「真面目だね」なんて言われると

なんだか嫌でした。

でも、

真面目に考える自分もいる

楽観的に考えてる自分もいる

ふざけたことが大好きな自分だっている

こうやって、

いろんな感情、いろんな自分がいるんだなってことを

常に認識しておくだけで

「〇〇な人」って言われたとしても

「そうそう、そういう自分もいるんだよね」って

軽い気持ちで受け入れることができる気がしてきた。

誰にどう見られたって、いろんな自分がいることは間違いはない。

リア充アピールをしたいのに

「ネクラな人なんだね」って言われたら

「そっか、そんな自分もいたんだね」と受け入れる。

まとめ

感情は複雑。

他人との比較は、

かなり狭い視点でしか見れていない。

レッテルは無意味。

これが今私が思うことです。

 

全部がありのままの自分

背伸びしたい気持ちも自分。

正直な気持ちを大事にする。

両極の自分がいることを認めることで

一方の自分を否定せずにすむ。

少しずつでもありのままを受け入れていくことで、自己肯定感が上がるんじゃないかな!

今回はそんな感じの話でした!

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