シックに生きたいと思うまでのストーリー①

今となっては断捨離が大好きな私ですが、もともとは全くモノが捨てられずゴッチャゴチャの部屋で生活していました。

そんな私がどのようにシンプルな生活、ときめくモノだけに囲まれた生活、シックに生きることに目覚めたのか、読んできた本とともに紹介したいと思います。

感銘を受けた本の言葉は赤文字で表示するので、私のストーリーに興味のない方は赤文字だけ読んでも何か参考になるかと思います(^^)

ただ今日の記事は前置きなんで次回から本の言葉を入れていきます♪

捨てるという概念がない小学生時代

1歳年上の姉の机は小学生のころからすっきり整ってて無駄なモノがない。

なのになぜ私の机はいつもモノであふれ、宿題のノートを広げるスペースがないのか。

だからと言って引き出しに収納しようにも、100個もの消しゴムや、20本もの定規、昔作った工作のうさぎ貯金箱(耳が折れたから飾れない)が入っているからこれ以上入れられない。

私はそんな片づけられない小学生でした。

20本も定規なんて大げさな!って思うかもしれませんが、参加賞などでやたら文房具は増えていったんです。

増えていくことがとにかくうれしかったんです。

モノを持っていればいるほど自分の価値が増している気がしてなんとなく満足している気持ちとゴチャゴチャした机に対する嫌悪感というアンビバレンスな感情を抱いていました。

ただこの時期はまだリビングの隣に繋がっている部屋に、姉妹で勉強机を並べていただけなのでパーソナルスペースはその勉強机だけでした。

自分の部屋をもらったことで芽生え始めたモノの管理への意識

市営住宅から一軒家に引っ越し、中学生のときに自分の部屋をもらいました。

それによって机だけだったパーソナルスペースは6畳へと広がり、個人のモノはすべて部屋に収納されました。

そのころから自分のモノの中からいらないものは捨てるという行動がみられるようになりました。

きっかけは引っ越しだったと思います。

ベッドに並べて一緒に眠っていた20体ほどのぬいぐるみはよく見ると黒ずんできていたので捨てました。

うさぎ貯金箱の耳は復活不可能だと悟り捨てました。

壊れてうごかなくなった目覚まし時計も捨てました。

そう、使い古したものは捨てれるようになったのです!かなりの進歩(笑)

そしてたくさんモノを捨てたあと、なんだか心が身軽になってスッキリしたことに気付いたのです♪

ようやく捨てるということで、昔感じたゴチャゴチャした机を見ているような嫌悪感が消えていくことに気づきました。

ただ毎日の生活の中でモノを捨てるということは出来なくて、学校の長期休み中に行う断捨離&掃除のときにあれこれ捨ててました。

私はこのころの断捨離&掃除を「大掃除」と呼んでいました。

「大掃除」をするとなんだか気持ちがよくなるので私は「大掃除」が大好きでした。

しかしこのイベントを行うには多大なる気合がないと始められなかったので(基本めんどくさがり)年に2~3回程度にとどまりました。

人に見られることでキレイな部屋にしたいと思った時期

お客さんが家に来る時ってやっぱり掃除したりちらかってるものを片づけたりしますよね。

(本当はいつでも来客カモン!と言える家の状態を保ちたいところですが・・・。)

そんな意識が、中学校3年のころに芽生えました。

そう、彼氏が家に遊びに来ることになったのです!

このころの恋愛って、「とにかく良くみられたい!」って気持ちが強くて好きな人の前では最大限頑張っちゃうんですよね(笑)

渡す手紙も自分的にめっちゃきれいな字で書いておきながら「下手な字でごめんね」とか言っちゃったり(笑)

でもそんな見栄っ張りがあったからこそ、お招きするマイルームをきれいにしたい!って思えました。

ようやく「第三者から見て居心地の良い部屋とは」と考えるようになりました。

そのことは逆に「自分はどんな部屋が居心地がいいと思っているのか」を意識させてくれました。

なのでこのころからは見えるところに見栄えの悪いものは置かなくなったし、インテリア(主に小物)に興味を持ち始めました。

しかし古くなったものは捨てることが出来るようになったとはいえ、

「使わないけどいつか使うだろうモノ」
「もう飾る気はないけど前は気に入っていた小物」
「気に入ってないけど安かったから買ってみたもの」

などを捨てるにはほど遠い時期でした。

だから収納スペース不足には結構困っていました。

部屋と心の状態はリンクしていると気づいた時期

私は昔からわりとポジティブだけど、心が乱れていた時期がありました。

高校生のころです。

そのころは恋愛でつまずき、部活のキャプテンとして悩み、母がガンになり・・・と心が事故していましたw

そしてそのころの部屋はモノが山積み。

収納とか捨てるとかそういう概念なく、棚も床も机の上もとにかくモノが積みあがっていました。

次の日学校に持っていく教科書も、山から引っ張り出して見つけなければいけなかった。

唯一の空きスペースは椅子の上とベッドの寝るスペースだけ。

しかしここで重要なことは「ごっちゃごちゃの部屋で居心地がよかった」という事実。

なんでもかんでもモノが積んであって歩くスペースもないのに不快感ゼロ。

今考えてもこのころはやばかった(笑)

ただ、しばらく経ってちゃんと立ち直りました。

もともとポジティブな性格なので、ずっと心が事故している状態も保てないみたいでよかった(笑)

すると自然に部屋は片付いていきました。

この前までの汚部屋はなんだったのか?!と自分でも思えるくらいに本は本棚へ、服はタンスへ、CDはCDラックへ帰っていきました。

そしてガンから生還した母に「部屋が荒れるくらい心が不安定だったんだね」と言われ「そうか、部屋の状態と心の状態はリンクしているんだ」と気づきました。

1人暮らしを始めて断捨離を頻繁に行うようになった時期

私は専門学校に通うため県内で1人暮らしを3年していました。

自分の部屋のみならず、生活の場すべてが自分のスペース!なんてこった、すべての場所を管理するこに!

しかしこのころにはもう世間でも「断捨離」という言葉が流行っていて、テレビで断捨離を行うことの大切さを語ってくれる人も多くなっていました。

そのため2度目の引っ越しを期に「いらないものを見極めて積極的に捨てる」という行動を獲得し、わりと捨てれるようになってきました。

2~3か月おきに断捨離を行い、収納スペースに見合ったものだけ保持することも出来ていました。

しかしまだ

「服は多い方がいい(着てない服ばっかりなのに)」
「もらったものは絶対捨てられない」
「いつか使えそうなものはしまっておく」
「ストックは大量に!」
「それなりによさそうならセール品は買う!」

状態でした。

断捨離は気持ちいいからするけど、断捨離の意義とか、モノを大事にするってどういうことなのかとか、全然分かっていませんでした。

だからこのころは

「将来はたくさん収納できる家に住みたい」
「巨大なウォークインクローゼットにたくさんの服やアクセサリーを持ちたい」

って思っていました。

今の私から言えば、

「たくさん服を持っていても、もともと気に入ってる2~3着ばっかり着回してるくせに」
「アクセサリーだってその時1番好きなものをたまに着ける程度のくせに」
「たくさんのものを管理できるほどキャパシティー大きくないくせに」

って思っちゃいますけどね(笑)

人それぞれ断捨離、片づけ、シンプルライフ、シックな生活に目覚めるきっかけはあったと思います。

私は上記のような感じで徐々に断捨離や片づけに目覚めていきました。

長くなってきたので今回はこのへんにさせて頂き、次回は「ぼくたちに、もうモノは必要ない。(佐々木典士さん)」という本の言葉とともに記事を書きたいと思います。

長々と私のストーリーを読んでいただきありがとうございます。